コラム

日法協と私(小泉 淑子)

 野田愛子先生(元札幌高裁長官)にお声をかけていただき、編集委員に着任したのが2007年。もう約20年も前になる。委員の顔ぶれは、文献や判例集で拝見する方々ばかり。怖気づいてしまったことを思い出す。隔月に開催される編集委員会にとにかく出席して、専門分野の第一人者の先生方の活発な議論を直接拝聴して学ばせていただいたことが、私の法律家としての源泉になっている。
 この間、何度か特集記事の責任者にしていただいた。座談会の司会をして、まとめていく経験がなかった私にその「コツ」を教えてくださったのが、青山善充先生。座談会の準備の仕方から原稿のまとめ方まで教えていただいた。2014年No. 181「司法活動の国際的展開」である。当初、「法の支配」で取り上げてきた課題とあまりに異なるのではないか、とのコメントが出たり、座談会の人選にも異論が出されたりで、不安もあったが、出版された。リーマンショック、東日本大震災を経験して、日本のすすむべき方向は、国際社会の一員として行動していくこととの認識が共有されてきた時代背景もあり、この特集は一定の評価をいただけた、と自負している。
 「窓」という会報も併せて発行していた時期がある。予算の関係で、取りやめになってしまっているが、会員の随筆が掲載され、法律家の人間味あふれる側面にふれることができた。HP掲載として、復活させていただきたい、と思っている。

小泉淑子(こいずみ よしこ:第二東京弁護士会、シティユーワ法律事務所)

 司法研修所24期。シティユーワ法律事務所所属。一貫して国際取引案件に関与。国際仲裁案件に代理人として関与。社外取締役、社外監査役を経験。各種財団の理事、評議員、監事を経験。ODA案件を多数担当し、途上国への出張経験多数。日法協編集委員を2007年4月から2025年6月まで、理事を2013年から現在まで務めている。

日法協と私(小杉 丈夫)

 「この中で君が一番若い!」1977年、初めて出席した日法協の会合で、伊藤正己先生(当時 最高裁判事)から声をかけられた。35才だった。日法協には、アメリカ法曹協会を念頭に、法曹界の垣根を取り払い、学者も含め、もっと往来自由なものにしよう、という熱気があった。総会後の懇親会や、送迎バス内の会話を含めた見学会、夕食会は、その得がたい機会だった。
 アメリカのPeople to Peopleという団体の来日を機に、1989年、原田明夫さん(後に検事総長)を中心に、日法協が主体となって実現した「法と日米関係」シンポも記憶に残る。弁護士出身で、クリスチャンでもある元最高裁長官 藤林益三会長の講演は、アメリカの聴衆の心に深い感銘を与えた。
 2001年の司法制度改革を経て、法曹一元への指向は、かえって後退したように見える。分断とAIの時代、もう一度、日法協創設の理念に立ち戻って、法律関係者間の交流を活性化し、広い視野をもって議論できる場を構築する必あると改めて思う。

【小杉 丈夫(こすぎ たけお:東京弁護士会、弁護士法人松尾綜合法律事務所)】

 6年間裁判官として勤務し、Harvard Law SchoolのLL.M.Visiting Scholar を経て、パリ、ニューヨークの法律事務所で研修し、国際仲裁、国内外の訴訟、倒産案件など、日本法と外国法、国際法が混り合う法分野を幅広く扱っている。また、会社更生事件の管財人、社外取締役、社外監査役などを務めた経験を踏まえ、企業買収、国際取引の種々の契約書作成など、企業法務に関する案件も扱っている。ローエイシア会長、国際民商事法センター理事等を通じ、西欧諸国のほか、中国やアジア諸国の弁護士、諸団体とも緊密なネットワークを築いている。当協会の国際交流委員長も務めている。