設立の趣旨

昭和23年(1948年)10月、三淵忠彦初代最高裁判所長官は、鈴木義雄法務総裁、福井盛太検事総長、海野晋吉日本弁護士会連合会(全国の弁護士会が集まって組織された任意団体)会長を招き、法曹三者が過去のそれぞれの立場にとらわれることなく、新しい司法の使命達成に協力する必要があるとの考えに立って話し合われた。その結果をもとに、法学界の参加も得て昭和24年(1949年)3月、法曹談話会が発足した。この法曹談話会は、最高裁長官、最高裁判事2名、東京高裁長官、法務総裁、法務調査意見長官、検事総長、東京高検検事長、日本弁護士会連合会(後に、日本弁護士連合会に改名、同年9月1日に設立登記)会長、同副会長2名、日本学術会議会員3名からなっていた。
この懇話会は、22回開かれ、田中耕太郎氏が最高裁長官であったときに、日本法律家協会の設立が決められ、昭和27年(1952年)に設立準備会が設けられた。この設立準備会において、田中耕太郎氏は、日本法律家協会の創設趣旨をつぎのように説明した。

 

「裁判官、検察官、弁護士、法学者等の、広い意味における司法関係者を打って一丸とした団体を組織することの必要は、わが国においても早くから認められて参ったのでありますが、今やこの構想の具体化の気運が漸く熟してきたように存じられます。
すでに民主主義的な憲法の下において、新しい裁判制度が発足いたしましたと同時に、裁判所の人事行政においては、劃期的な改善が行われ、裁判所は、従来の裁判官に加えて、在野法曹界や検察庁や学界の諸方面からも優秀な人材を続々迎えているような状況にあります。又検察庁に関しましても、人事については、同じ方針がとられておるのであります。次に、新たに設けられました司法修習生の制度は、司法官試補、弁護士試補の区別を廃止しまして、法曹の養成について、その一元化を実現いたしました次第であります。なお、司法制度の改正、裁判の手続、とくに最高裁判所の規則の制定、司法研修や司法試験の実施につきましても、裁判所、検察庁、学界関係者、在野法曹の間の、法曹一元の立場からの、密接な協力が行われて参ったのであります。
さらに昭和23年10月、三淵前最高裁判所長官は、鈴木法務総裁、福井検事総長及び海野日本弁護士会連合会々長を招かれまして、裁判官、検察官、弁護士の三者が過去のそれぞれの立場にとらわれることなく、新しい司法の使命の達成に相協力することの必要について話し合われ、その結果として、法学界方面からの参加をも得て、翌年3月、法曹談話会が誕生することとなりました。これは全く少数者の私的な性質の会合ではありますが、法務総裁、検事総長、日本弁護士連合会長及び東京の各弁護士会長、法学界の代表その他の関係者と、裁判所側と致しまして私どもが加わり、原則として月に1回集まりまして、司法に関する重要な諸問題について意見を交換いたし、今日にいたりました。日本バー・アソシエイションの設立も、その際話題になった問題の一つでありまして、その設立の必要につきましては、全会員の意見が完全に一致いたし、既往約2ヶ年にわたって構想を練り、わが朝野の法曹界に起り、漸次有力になりつつあるバー・アソシエイション要望の気運をも十分考慮に入れまして、愈々この度バー・アソシエイションの実現につきましてのイニシアチーヴをとるにいたったのであります。
そもそも、日本国憲法によって新しい任務を負うにいたり、とくに正義と秩序の実現及び国民の基本的な人権と自由の保障の使命を帯びるわが法曹は、従来とは異なって、直接間接に国民の名において、国民の福祉のために司法を運営致すものであります。従って、これからの司法の運営は、国民と直結した一層民主的なものでなければなりません。同時に、司法は学問的に行われ、一層合理的でなければなりません。そのために、とくに在野法曹及び学界と裁判所及び検察庁との間に、連絡、提携、協力についての、従来よりも、より緊密な有機的関係が要望されるのであります。法曹の一元を目的とするバー・アソシエイションが司法の民主化、その権威の維持、その能率の増進その他司法の進歩に如何に偉大な貢献をいたし得るかは、アメリカにおける事例からしても明瞭であります。それは、全法曹を同一の理想、同一の目標に結合しますのみならず、実に司法を国民と直結する働きをなすものであります。法曹はバー・アソシエイションによって一層その地位を向上し、とくに裁判所は、その支持が存することによりまして、真に国民の裁判所となり、国民の信頼をかち得、又裁判所にふさわしい権威を保持することができるのであります。 もし遵法運動や民主主義精神の普及徹底や、外国法曹界との交歓及び法律文化の範囲における国際的協力等、すべてバー・アソシエイションがなすにふさわしい事業に属することに考え及びますときに、われわれは、バー・アソシエイションが単にわが司法及び法曹の進歩向上のためのみならず、民主日本の健全な発展のために極めて重大な役割を演じることを信じるものであります。
かような趣旨に基づきまして、私ども法曹は、一体となってバー・アソシエイションの設立を期して計画をすすめ、まず各位にその設立準備委員をお願い申し上げ、この計画の実現について御協議いただきますために、御参集を願いました次第であります。 各位は、それぞれ司法各界における最も有力な方々ばかりであられるのでありまして、バー・アソシエイションの設立の成否も、その将来の発展も、一つに各位の御協力と御熱意如何にかかっているのであります。何卒私どもの意の存するところを御諒察いただきまして、何分のご盡力を切にお願い申し上げます次第であります。」

 

上記の趣旨にしたがい、昭和27年(1952年)3月20日に日本法律家協会規約を決定し、同年4月15日より日本法律家協会が発足した。その後50年余りの歴史を経て現在に至っている。前会長大内恒夫は、50周年を迎えるに当たって、昭和48年に任意団体から財団法人に組織変更になったことが大きな節目であったと回顧している(「法の支配」第125号巻頭言)。また、平成25年4月1日に、法律改正にともない、一般財団法人日本法律家協会となった。

 

現在の会長は、金築誠志氏(元最高裁判所判事)であるが、その下に財務経理委員会、編集委員会、国際交流委員会が置かれている。現在、創立70周年記念の『法の支配』特集号を企画している。また、法曹倫理の諸問題が重要であると考え、法曹倫理研究会が定期的に会合を開いてきたが、2015年4月、その研究成果をまとめ、日本法律家協会編『法曹倫理』(商事法務、2015年)を出版した。

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